HISTORY

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DIPLOMATIC & RELATIONS

1647初めて日本を訪れたスウェーデン人

記録によると、最も早い時期に日本の土を踏んだスウェーデン人の一人は、1647年に航海途中に立ち寄ったヨーハン・オーロフソン・ベリエンシェーナ提督でした。その4年後、水兵のオーロフ・エリクソン・ウィルマンが訪れ、1年間滞在しました。ウィルマンは後に” Een kort beskriffning vppå trenne resor och peregrinationer, sampt konungarijket Japan”(『東インドと日本への短い旅行記』)と題する本を出版しています。1953年にスウェーデン版が日本語に訳され、『日本旅行記』という題名で発表されました。

初めて日本を訪れたスウェーデン人
  • Credit: Kiöping & Willman, 1667
DIPLOMATIC & RELATIONS

1775植物学者ツンベルグの日本訪問

植物学者のカール・フォン・リンネ(カール・リンナエウス)の弟子、カール・ペーテル・ツンベルグは1775年に日本を訪れています。ツンベルグはこの訪問で、『日本植物誌』と『日本動物誌』という画期的な著書を執筆し、812種の植物と334種の動物を記録しました。植物学の論文のほか、日本についての書物も何冊か出版し、ヨーロッパと日本で人気を博しました。ツンベルグは鎖国時代(1600-1868年)に日本を訪れた数少ない外国人の一人であり、その旅行記はこの時期の情報源として今でも重視されています。

植物学者ツンベルグの日本訪問
  • Credit: Edo sanpu zuikoki, Heibonsha
DIPLOMATIC & RELATIONS

1868外交関係の樹立

1868年11月11日、スウェーデンと日本は友好航海通商条約を締結し、外交関係を開始しました。これは、成立間もない明治政府が外国政府と締結した初めての正式な友好航海通商条約となりました。調印式は横浜のオランダ公使館で行われました。

外交関係の樹立
  • Credit: JACAR(Japan Center for Asian Historical Records)Ref. B13091090200 (pp.1) MOFA Diplomatic Archives
DIPLOMATIC & RELATIONS

1871岩倉使節団のスウェーデン訪問

行政官、学者、外交官、学生ら100人以上を伴った岩倉使節団(1871-1873年)が、欧米諸国へ向けて出発しました。途中立ち寄ったスウェーデンでは、工業施設、学校、国立博物館などを見学し、オスカル二世国王の接見しました。岩倉使節団の報告書には「かつて野蛮で残酷な戦士だったスウェーデン人だが、今では洗練された勇敢で強い国民となっている」とあります。

岩倉使節団のスウェーデン訪問
  • Credit: Iwakura Mission, London 1872
DIPLOMATIC & RELATIONS

1872明治時代のスウェーデン人船長

スウェーデンの船員、ヨハン・ウィルヘルム・エークストランドは、1860年代半ばにオランダ軍艦の航海士として初めて来日。船員としての経験と腕を買われて、1872年に日本政府と雇用契約を結び、1885年には日本郵船株式会社(NYK)の船長として働くようになりました。その勤務は30年に及び1900年代初めには、新たな米国航路のために同社が建造した2隻の豪華定期便の初代艦長となりました。明治天皇とスウェーデン国王グスタフ5世から勲章を授与されています。1912年に死去し、横浜外国人墓地に埋葬されました。

明治時代のスウェーデン人船長
  • Credit: W. J Ekstrand, private family album
DIPLOMATIC & RELATIONS

1901神戸総領事館

1901年、駐神戸スウェーデン総領事にペール=マッティン=ラグナル・オッテセン任命されました。さらにオーレ・シーバーグ(1903-05年)、アクセル=トシュテン・ウデーン(1905-06年)が駐在した後、この事務所は名誉領事館となりました。現在の名誉領事は2002年から和田直哉氏が務めています。

神戸総領事館
  • Credit: Ole Skybak, Svenskt Porträttarkiv
DIPLOMATIC & RELATIONS

1907初代スウェーデン特使

日本への初代特使はグスタフ=オスカル・ワレンバーグ(1863-1937年)です。1907年に天皇に信任状を奉呈し1918年まで在任しています。ワレンバーグの着任により、1907年に東京の築地に初めてスウェーデン大使館が開設されました。任期中にはスウェーデンの事業利益促進に努め、初めてスウェーデン企業を日本に迎え入れることができました。

注:写真はワレンバーグ大使と、その孫で有名なスウェーデンの外交官であるラウル・ワレンバーグです。

初代スウェーデン特使
  • Credit: Gustaf O. Wallenberg and Raoul Wallenberg. SFEHF archive. Photo: Florman, 1916
BUSINESS & TRADE

1907スウェーデン企業第一号、ガデリウス

1907年、日本におけるスウェーデン企業第一号として貿易会社のガデリウスが営業を開始しました。その後、震災や戦火に見舞われながらも日本に留まり続け、100年後の今もなお活動を続けています。最初は鉄鋼が中心でしたが、その後事業を拡大し、事業コンサルティングも行うようになりました。

スウェーデン企業第一号、ガデリウス
  • Credit: Gadelius Kobe Office, Gadelius
CULTURE & SPORTS

1912ストックホルム五輪で行方不明になった日本人ランナー

日本の初めてのオリンピック選手、金栗四三は、1912年のストックホルム五輪で、マラソン中に行方不明になりました。日本からの長旅で体が弱っていた上、記録的な夏の暑さで疲労困憊した21歳の金栗は、レース途中で意識を失って倒れ、地元の住民に介抱されていたのです。その後、五輪委員会に知らせずひっそりと帰国したため、委員会は「行方不明」と報告していました。1967年にストックホルム五輪開催55周年記念式典に招待された金栗は、54年8カ月6日5時間32分20秒3という記録で、ようやくゴールに到達することができたのでした。

ストックホルム五輪で行方不明になった日本人ランナー
  • Credit: Shizo Kanaguri, 1924
CULTURE & SPORTS

1918スウェーデンの児童文学

1918年、ノーベル文学賞を受賞したセルマ・ラーゲルレーヴの書いた『ニルスの不思議な旅』が、スウェーデンの児童書として初めて日本語に翻訳されました。この物語は今でも人気が高く、1980年にはアニメにもなっています。その後もスウェーデンの児童文学の人気は続き、特にアストリッド・リンドグレーンの代表作、『長くつ下のピッピ』のシリーズは有名です(1969年にはテレビ番組にもなりました)。さらに、エルサ・ベスコフ、ウルフ・スタルク、レーナ・アンデションなど、多くのベストセラー作家が後に続いています。

スウェーデンの児童文学
  • Credit: 'Nils Holgersson underbara resa genom Sverige'. Translation: Hishiki Akirako. Fukuinkanshoten
DIPLOMATIC & RELATIONS

1926グスタフ6世アドルフ皇太子の日本訪問

1926年、グスタフ6世アドルフ皇太子が来日されました。皇太子は有名な美術品収集家で、史跡や神社や博物館を巡って古代の遺物を視察されました。そのコレクションは、1963年に開設されたストックホルムの極東考古博物館設立に大きく貢献しました。

グスタフ6世アドルフ皇太子の日本訪問
  • Credit: Photo from the Bernadotte Library's archive
DDIPLOMATIC & RELATIONS

1929日本スウェーデン協会の創設

1929年、両国の親善友好関係の発展・促進と文化交流および貿易の進展を目的に、日本スウェーデン協会が創設されました。同協会は秩父宮殿下、現在は常陸宮殿下を名誉総裁に戴き、何十年にもわたって多くの有力者の方々の後援を受けています。

注:写真中央は松井明会長夫妻。

日本スウェーデン協会の創設
  • Credit: Japan-Sweden Society
SCIENCE & ACADEMIA

1949日本人初のノーベル賞受賞者

日本人として初めてノーベル賞を受賞したのは湯川秀樹氏です。核力に関する理論をもとに中間子の存在を後に証明されたことにより、1949年にノーベル物理学賞が授与されました。これまでに20人余りの日本人がノーベル賞を受賞しており、日本のノーベル賞受賞者はアジアで最多となっています。

日本人初のノーベル賞受賞者
  • Credit: Hideki Yukawa, 1949
BUSINESS & TRADE

1951スウェーデンと日本を結ぶ民間航空機

1951年、スカンジナビア航空(SAS)が、民間航空機として初めて、55時間かけてスウェーデンから日本へ到着しました。1957年には初めて北極回りで日本へ飛来し、飛行時間を32時間と大幅に短縮しました。SASは欧米の航空会社の中で、初めて女性機長を採用した航空会社でもあります(1969年)。

スウェーデンと日本を結ぶ民間航空機
  • Credit: Scandinavian Airlines
DIPLOMATIC & RELATIONS

1953日本の皇太子がスウェーデンを来訪

日本の明仁皇太子殿下がスウェーデンに初来訪されました。ストックホルム訪問の際には民族博物館と隣接する日本の茶室(写真)を見学されました。1935年に建てられた茶室の「瑞暉亭」は日本国外で初めて建てられた茶室になります。(1990年に再開)
明仁皇太子殿下は1985年にも美智子妃殿下とともにスウェーデンを公式訪問されました。滞在中、1日を過ごされたウプサラでは、ウプサラ大学を訪れ、庭園やカール・フォン・リンネの家族の住宅を見学されました。

日本の皇太子がスウェーデンを来訪
  • Credit: Etnografiska museet
BUSINESS & TRADE

1957スウェーデンの陶磁器

1957年、スウェーデンの磁器メーカー、グスタフスベリが日本で事業を開始しました。グスタフスベリのデザインは創立当初に日本の影響を受けており、そのおかげで長年にわたって幅広い人気を博しています。同社の最も有名なデザイナーの一人、スティグ・リンドベリは、1959年に高級百貨店である西武の包装紙をデザインしたことでも知られています。今日にいたるまで、日本は同社の最大輸出市場として不動の地位を得ており、インゲヤード・ローマンやリサ・ラーソンなどのデザイナーがよく知られています。

スウェーデンの陶磁器
  • Credit: Kotte & Co.
DIPLOMATIC & RELATIONS

1959東京の大使館の建物

1930年代にスウェーデンの商工団体は、より立地条件の良い場所へ大使館を移し、そこを恒久的な施設にしたいと考えるようになりました。多額の寄付のおかげで、スウェーデン政府は1939年に六本木市兵衛の一等地を購入。第二次大戦後、スウェーデンの建築家、ニルス・アールボムに新しい建物の建設を依頼しました。こうして、事務棟、公邸、庭園が併設された新しい大使館が1959年に完成しました。

注:大使公邸の写真

東京の大使館の建物
  • Credit: Byggnadsstyrelsen, 1993
BUSINESS & TRADE

1960ボルボ第一号

日本で販売されたボルボ第一号は、アマゾンの名でも知られる、クラシックP120/P130 シリーズで、1960年代に発売されました。このモデルでは、ボルボの設計者が発明した3点式のシートベルトを世界で初めて使用しています。日本でのボルボの人気は今も衰えを知りません。

ボルボ第一号
  • Credit: Volvo Car Japan Co Ltd.
CULTURE & SPORTS

1960NHKのスウェーデン語ラジオ放送

NHKラジオは1960年に、スウェーデン語の番組放送を開始しました。2007年に終了するまで、週に4回放送され、経済、政治、技術、文化、音楽などのテーマを扱いました。

NHKのスウェーデン語ラジオ放送
  • Credit: NHK (Japan Broadcasting Corporation
CULTURE & SPORTS

1961イングマール・ベルイマンとスウェーデン映画

1960年代初め、有名な映画製作者であるイングマール・ベルイマン監督の『処女の泉』(1961年)や『野いちご』(1962年)などの作品が、日本の幅広い層から注目を集めました。ベルイマンへの評価は今なお高く、その作品は日本各地で定期的に上映されています。スウェーデン映画はその後もヒット作に恵まれました。例えば1988年に封切られたラッセ・ハルストロムの『マイ ライフ アズ ア ドッグ』は、日本で大成功をおさめたスウェーデン映画の一つとしてゆるがぬ地位を誇っています。

イングマール・ベルイマンとスウェーデン映画
  • Credit: Svenska filministitutet, 1957
DIPLOMATIC & RELATIONS

1963日本の外務大臣のスウェーデン初訪問

日本の外務大臣がスウェーデンを初めて正式訪問したのは1963年。時の外務大臣は大平正芳氏でした。翌年には、スウェーデンのトシュテン・ニルソン外相が日本を訪問し、それ以来両国間の相互訪問が続いています。ごく最近では2014年にマルゴット・ヴァルストロム外相が訪日し、日本の岸田文雄外務大臣と会談しました。

日本の外務大臣のスウェーデン初訪問
  • Credit: Ministry of Foreign Affairs of Japan
SCIENCE & ACADEMIA

1966科学・イノベーション部

1966年に開設された科学・イノベーション部は、スウェーデンと日本の科学、研究、高等教育における交流を深めるために活動しています。ここ数年いろいろな名前で活動してきましたが、現在は東京の大使館に所属しています。

科学・イノベーション部
  • Credit: Jan-Olof Yxell/imagebank.sweden.se
SCIENCE & ACADEMIA

1967初めてのスウェーデン語科目

1967年、日本で初めて東海大学が大学レベルのスウェーデン語科目を開講しました。その後、大阪大学外国語学部、関西外国語大学などの他大学でも相次いで開講され、今では毎年約140名の学生が、文化、社会、歴史も含めてスウェーデン語を学んでいます。

初めてのスウェーデン語科目
  • Credit: Dept. of Nordic Studies, Tokai University
BUSINESS & TRADE

1970東京のスウェーデンセンター

六本木のスウェーデンセンターは1970年に建てられた8階建ての建物で、エリクソンやコスタボダ、さらにこの建物所有者であるヒューヴドスタデンなど、いくつものスウェーデン企業が入居していました。また住宅部分もあり、スカンジナビア料理店や画廊も入っていました。このセンターは長年、日本で活動しているスウェーデンの商工団体の会合場所となっていましたが、1999年に六本木ヒルズ地区開発の一環で森ビルに売却されました。

東京のスウェーデンセンター
  • Credit: The Embassy of Sweden
CULTURE & SPORTS

1972札幌冬季五輪でスウェーデンが得た金メダル

1972年に開かれた札幌冬季オリンピック大会の男子15kmクロスカントリースキー競技で、スウェーデンのスヴェン=オーケ・ルンドベック選手が金メダルに輝きました。24歳のルンドベック選手にとっては初の大きな国際試合でしたが、2位の選手に32秒差をつけてゴール。スウェーデンのベッティル王子も札幌にかけつけルンドベック選手を応援しました。

注:組織委員会のメンバーや来賓と撮影するベッティル王子(左から2番目)

札幌冬季五輪でスウェーデンが得た金メダル
  • Credit: Nils Hornmark, private family album
BUSINESS & TRADE

1972スウェーデン産業アドバイザーグループ(SIAG)

1972年、著名な実業家グループの支援を受け、グンネル・ヘクシャー大使によってスウェーデン産業諮問団が結成されました。SIAGの目的は、日本の市場や経営構造についての洞察や分析結果を共有することで、今日の在日スウェーデン商工会議所(SCCJ)の基礎を築きました。

スウェーデン産業アドバイザーグループ(SIAG)
  • Credit: Nils Hornmark, private family album
BUSINESS & TRADE

1972スウェーデンの輸出を促進

スウェーデン貿易公団(現:スウェーデン大使館商務・投資部)は、1972年から日本で活動を開始し、日本で事業を行っている企業、参入を希望する企業に支援とアドバイスを提供しています。スウェーデンにとって日本はEU域外で最も重要な貿易相手国の一つであり、アジアでは中国に次ぐ大市場です。長年日本で活動している企業もあれば、新規参入企業もありますが、今日、日本で仕事をしているスウェーデン関連企業は1,500社以上にのぼります。

注:貿易促進のため大使館の各部局が協力
左から:ニクラス・クヴィセリウス元科学・イノベーション参事官、セシリア・レイラム商務参事官、マグヌス・ローバック大使、トーマス・オスタグレン在日スウェーデン商工会議所会頭(SCCJ)、ハンス・ロディーネル元SCCJゼネラルマネージャー

スウェーデンの輸出を促進
  • Credit: The Embassy of Sweden
CULTURE & SPORTS

1980ABBAのツアー

1980年春、有名なスウェーデンのポップグループABBAが最初で最後の日本ツアーを行いました。6回の東京武道館での公演を含め、11回の公演はすべて完売し、ツアーは大成功を収めました。アバの成功を機に、日本では新世代のスウェーデンのポップミュージシャンの人気が高まりました。

ABBAのツアー
  • Credit: AVRO, 1974
DIPLOMATIC & RELATIONS

1980スウェーデン国王の日本訪問

初めて日本を公式訪問したスウェーデン国王はカール16世グスタフ陛下で、1980年にシルヴィア王妃とともに国賓として日本を訪問されました。実は国王は皇太子時代の1970年にも日本を訪問されており(写真)、これまでの訪日回数は20回近くに上ります。スウェーデン王室と日本の皇室との交流は続き、ごく最近ではヴィクトリア皇太子が来日されています。(後の記事を参照)

スウェーデン国王の日本訪問
  • Credit: Toshiba Science Institute, 1970
CULTURE & SPORTS

1981旭川市のバーサーロペット大会

スウェーデンのバーサーロペットは、世界最古にして最長のクロスカントリースキーレースです。日本の旭川市はこのレースに発想を得て、1981年からバーサーロペット・ジャパンを主催するようになりました。9年後の1981年には、カール16世グスタフ国王も旭川を訪問し、レースに参加されました(写真)。この訪問を記念し、毎年レースの優勝者に国王杯を授与しています。旭川のバーサーロペットには毎年約3,000人が参加しています。

旭川市のバーサーロペット大会
  • Credit: Organizing Committee of Vasaloppet Japan
CULTURE & SPORTS

1983北海道にあるスウェーデンの村

スウェーデン国立銀行総裁アーネ・カランスは、1979年に「第1回スウェーデン北海道産業文化提携会議」のため北海道を訪れ、石狩郡当別町の樺の木に囲まれたスウェーデンそっくりの自然に心を動かされました。すでに当別町でスウェーデン村の構想が進んでいたこともあり、この会議でスウェーデン村とスウェーデンと日本の交流施設をつくることが決定されました。1983年にスウェーデンと日本の友好団体、スウェーデン交流センターが設立、同年初めてスウェーデン風の住宅が建設されました。現在この地域はスウェーデンヒルズとして知られ、700人余りの人々が住んでいます。毎年行われるスウェーデンの夏至祭は約3,000人が参加します。(写真)

北海道にあるスウェーデンの村
  • Credit: Swedish Center Foundation
DIPLOMATIC & RELATIONS

1987大使館の敷地を記録的な高値で売却

1987年、スウェーデン政府は大使館の敷地の一部を森ビル開発株式会社(現:森トラスト株式会社)に売却しました。この時の売上金は、スウェーデン政府が行った土地取引の中でも史上最高額となりました。これまでの大使館の建物は取り壊され、同じ場所に新しい大使館を建築する、大規模な建設プロジェクトが始まりました。

大使館の敷地を記録的な高値で売却
  • Credit: Byggnadsstyrelsen, 1993
BUSINESS & TRADE

1990日本にヒントを得たアイスホテル

1989年、スウェーデンの起業家、イングヴェ・ベリクヴィストは、すべてが氷でできたアイスホテルを作ろうと思い立ちました。ヒントになったのは日本の伝統的な氷の彫刻。日本から2名のプロの氷彫刻家を招き、指導を依頼しました。1990年に初めてのアイスホテルがユッカスイェルヴィに完成。近年では、アイスホテルのアート&デザインチームが毎年恒例の札幌雪まつりに参加しています。

日本にヒントを得たアイスホテル
  • Credit: Hans-Olof Utsi/imagebank.sweden.se
DIPLOMATIC & RELATIONS

1991スウェーデン首相の日本訪問

1991年、スウェーデンのイングヴァール・カールソン首相がスウェーデンの首相として初めて日本を公式訪問しました。日本との関係はそれまで主に貿易中心でしたが、この訪問をきっかけにさらに包括的な関係が始まりました。その後、ヨーラン・ペーション首相(2004年)、フレドリック・ラインフェルト首相(2008年)も日本を訪問しています。初めて日本の首相としてスウェーデンを公式訪問したのは小泉純一郎総理でした。(2006年、写真はカール16世グスタフ国王陛下と)安倍晋三総理も2017年7月に訪問しています。(後の記事を参照)

スウェーデン首相の日本訪問
  • Credit: Kantei, 2006
DIPLOMATIC & RELATIONS

1991新しい大使館の建物

現在の大使館の建物は1991年に落成しました。建築家のミカエル・グラニートが太陽の動きから発想を得て建築したもので、決して影ができないように設計されています。館内には商務部(ビジネス・スウェーデン)や在日スウェーデン商工会議所(SCCJ)があり、大使公邸や職員の住居も設置されています。また展示ホールやオーディトリウムも併設されており、様々な集会やプロモーションのイベントに利用されています。

新しい大使館の建物
  • Credit: Åke E:son Lidman
SCIENCE & ACADEMIA

1992欧州日本研究所

1992年、ストックホルム商科大学に欧州日本研究所(EIJS)が設立されました。ここではヨーロッパにおける日本関連の研究や教育活動を行っています。東西の交流や対話を促進するため、1997年には欧州日本研究所の東京事務所が開設されました。

欧州日本研究所
  • Credit: European Institute of Japanese Studies
BUSINESS & TRADE

1992在日スウェーデン商工会議所

1991年に在日スウェーデン商工会議所(SCCJ)が開設されました。その後、120名以上の会員を持つ広範囲なビジネスネットワークに成長し、日本におけるスウェーデン企業の利益促進のために積極的な活動を行っています。現会頭はトーマス・オスタグレン氏です。

在日スウェーデン商工会議所
  • Credit: Nils Hornmark, private album
CULTURE & SPORTS

1994画家カール・ラーションの展覧会

1994年、有名な19世紀のスウェーデン人画家、カール・ラーションの展覧会が初めて日本で開かれました。カール・ラーション展-スウェーデンの国民画家と題した展覧会が日本各地を巡回しました。ラーションは常々日本のことを「芸術の母国」と呼び、日本の木版画から大きなインスピレーションを得ていました。ラーションの最高傑作と呼び声の高い絵画 ”Midvinterblot”(『冬至の生贄』)」は、1987年から1997年まで日本の実業家、イシヅカヒロシ氏が所有していました。

画家カール・ラーションの展覧会
  • Credit: Nationalmuseum. Photo: Erik Cornelius
CULTURE & SPORTS

1996スウェーデンのポップミュージック

1996年、スウェーデンの歌手、メイヤが日本で大人気となり、ポップアルバム「メイヤ」はベストセラーとなりました。1990年代には、カーディガンズ、ロクセット、ロビン、エイス・オブ・ベイスなど、多くのスウェーデンのポップ・アーティストが日本で成功を収めています。カーディガンズのヒット曲「マイ・フェイヴァリット・ゲーム」は有名な日本のゲーム「グランツーリスモ2」のテーマ曲に選ばれました。その後もスウェーデンのポップ・アーティストは日本のチャート上位にランクインし、今日ではスウェディッシュハウスマフィア、アイコナ・ポップ、アヴィーチーなどが有名アーティストが人気を博しています。

スウェーデンのポップミュージック
  • Credit: Rodrigo Rivas Ruiz/imagebank.sweden.se
CULTURE & SPORTS

1999スウェーデンスタイルin東京

1999年に第1回スウェーデンスタイルin東京が開催されました。大使館によって、現代のスウェーデンのデザインやライフスタイルを紹介する大規模なプロモーションイベントが行われ、東京デザインウィーク期間中の呼び物として評判になりました。2001年にはヴィクトリア皇太子とレイフ・パグロツキー通商相が出席。その後も形式を変えて何度も開催され、2016年にも開かれています。

スウェーデンスタイルin東京
  • Credit: Swedish Style Tokyo, 1999. Photo: Mikael Jansson
SCIENCE & ACADEMIA

1999科学技術協力協定

1999年、スウェーデンと日本は二国間の科学技術協力協定を締結しました。この協定を機に、いくつもの学際的な研究プログラムが開始され、バイオテクノロジーやナノサイエンスなどのテーマで研究が行われています。スウェーデン・イノベーションシステム庁(Vinnova)、スウェーデン戦略研究財団(SSF)、日本の科学技術振興機構(JST)の協力によって、バイオサイエンスに関する共同研究プログラムが設立されたことは注目に値するでしょう。

科学技術協力協定
  • Credit: Jan-Olof Yxell/imagebank.sweden.se
DIPLOMATIC & RELATIONS

2000天皇皇后両陛下のスウェーデン訪問

2000年に、日本の天皇皇后両陛下がスウェーデンを公式訪問されました。滞在中、両陛下はグリプスホルム城を見学され、ドラマーテン(王立劇場)での雅楽の演奏を楽しまれました。その7年後(2007年)には、有名なスウェーデンの植物学者、カール・フォン・リンネの生誕300年祝賀行事出席のため、2度目の公式訪問をされました。

天皇皇后両陛下のスウェーデン訪問
  • Credit: Claudio Bresciani / TT
SCIENCE & ACADEMIA

2001ストックホルムにおける日本の科学振興

2001年、日本の学術研究の助成や資金供給の中核機関である日本学術振興会(JSPS)の支部がストックホルムに開設されました。スカンジナビア地域では唯一の支部で、日本と北欧・バルト諸国の学術研究者の交流発展を目標に掲げています。

ストックホルムにおける日本の科学振興
  • Credit: Japan Society for Promotion of Science
BUSINESS & TRADE

2006スウェーデンのインテリアデザイン

2006年、世界最大手の家具・インテリア企業IKEAが日本に第一号店をオープンしました。その後、さらに9店舗が加わり、最近(2017年)では長久手店(愛知県)がオープンしています。日本では以前から、カール・マルムステン、ブルーノ・マットソン、ティオグルッペン、ニルス・ストリニング(ストリングシェルフシステムのクリエーター)といった有名デザイナーを先頭に、スウェーデンのインテリアデザインやライフスタイルが人気を集めていました。近年では、デザインハウスストックホルム、ファインリトルデイ、ロッタ・ヤンスドッターなどの現代的なデザイナーブランドにも人気が高まっています。2016年には、日本の小売業者、無印良品とスウェーデンのデザイナーのコラボにより日用品のシリーズを制作しました。

注:2017年10月IKEA長久手店のオープニングセレモニーに出席したマグヌス・ローバック大使

スウェーデンのインテリアデザイン
  • Credit: The Embassy of Sweden
DIPLOMATIC & RELATIONS

2007スウェーデン国王夫妻の日本訪問

2007年3月、カール16世グスタフ国王とシルビア王妃両陛下がふたたび日本を国賓訪問されました。滞在中、東京の国立科学博物館で開催中のカール・リンネ展を見学され、王妃は認知症介護シンポジウムにも参加されました。両陛下は長崎へも足を延ばされ、原爆資料館や平和公園のほか、リンネの弟子のカール・ペーテル.ツンベルグが1775年から1776年まで滞在した出島も訪問されました。

スウェーデン国王夫妻の日本訪問
  • Credit: The Embassy of Sweden, courtesy of Government of Japan
BUSINESS & TRADE

2007ボルボグループによるUDトラックスの買収

2007年、ボルボグループは日本のトラックメーカー、UDトラックス(旧日産ディーゼル工業)を買収しました。これにより、ボルボグループ/UDトラックスは、日本における最大のスウェーデン企業となりました。

ボルボグループによるUDトラックスの買収
  • Credit: UD Trucks
BUSINESS & TRADE

2008スウェーデンのファッション

2008年、スウェーデンのファッション小売店H&Mが日本に第一号店をオープンしました。また同年、日本のファッションデザイナー、川久保玲氏とのコラボによるデザイナーコレクションを発表し、大きな成功を収めました。現在、日本の大手百貨店では、ACNE(アクネ)、ピークパフォーマンス、Fjällräven(フェールラーベン), Haglöfs(ホグロフス)、Cheap Monday(チープ・マンデー)といったスウェーデンの人気ファッションブランドを販売しています。

スウェーデンのファッション
  • Credit: Tove Freiij/imagbank.sweden.se
SCIENCE & ACADEMIA

2008スウェーデン人宇宙飛行士の日本訪問

2008年、スウェーデン初の宇宙飛行士、クリステル・フォーグレサングが日本の種子島宇宙センターを訪問しました。またスウェーデン国家宇宙委員会委員長とともに、JAXA筑波宇宙センターも訪問しました。両施設のある種子島は、JAXA(日本宇宙航空研究開発機構)による大型宇宙衛星打ち上げの拠点となっています。

スウェーデン人宇宙飛行士の日本訪問
  • Credit: Miraikan
CULTURE & SPORTS

2008スウェーデンの犯罪小説

2008年に、スウェーデンの作家、故スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』三部作が日本で初めて出版されました。この三部作は1千万部以上を売り上げる大ベストセラーとなっています。その後、へニング・マンケル、カミラ・レックバリ、ヨハン・テオリンなどが次々と生み出すスウェーデンの犯罪小説は、スウェーデン・ノワールと呼ばれ、国際的に注目されるようになりました。

スウェーデンの犯罪小説
  • Credit: Stieg Larsson. Translation: Miho Hellén-Halme. Hayakawa Bunko
CULTURE & SPORTS

2014デザイナー、リサ・ラーソンの東京展

2014年、スウェーデンの人気陶芸デザイナー、リサ・ラーソンの初めての大規模な展覧会が、東京の松屋銀座店で開かれました。このイベントでは200点以上の作品が展示され、大きな注目を集めました。ラーソンのデザインは日本でも幅広い人気があり、特に無印良品や郵便局ともコラボ商品を展開しています。2017年には大規模な巡回展が始まり、日本全国で展示が行われています。

デザイナー、リサ・ラーソンの東京展
  • Credit: Tonkachi, 2014
BUSINESS & TRADE

2014スウェーデン観光文化センター(STCC)開設

オーロラからストックホルムでのフィーカまで、日本の観光客にとってスウェーデンは魅力が一杯。スウェーデンを魅力的な観光地として宣伝するため、2014年にスウェーデン観光文化センター(STCC)がオープンしました。大使館内にあり、SMSやウェブサイトを積極的に利用して、スウェーデン旅行情報を発信しています。

スウェーデン観光文化センター(STCC)開設
  • Credit: Simon Paulin/imagebank.sweden.se
SCIENCE & ACADEMIA

2015学長サミットを東京で開催

2015年、スウェーデン大使館の主催で、スウェーデンと日本の主要大学22校の学長・副学長が一堂に会し、両国の連携を強化するための戦略について協議しました。過去には2005年にスウェーデンで、2003年に日本で、両国の大学代表団によるハイレベル会議が開かれています。

学長サミットを東京で開催
  • Credit: PhotoLife14
SCIENCE & ACADEMIA

2015ノーベル・プライズ・ダイアログ東京

2015年、ノーベル・プライズ・ダイアログがスウェーデン国外として初めて東京で開かれ、初めてのスウェーデン国外での開催となりました。遺伝科学をテーマに、世界一流の科学者や政策立案者と7名のノーベル賞受賞者が集まり、遺伝学の進歩が科学や社会に及ぼす影響について議論しました。大使公邸ではスピーカーズディナーが開かれました。第2回ノーベル・プライズ・ダイアログ東京は、2017年に「知の未来」をテーマに行われました。

ノーベル・プライズ・ダイアログ東京
  • Credit: Hiromi Johansson
DIPLOMATIC & RELATIONS

2016在福岡名誉領事館

2016年、福岡に新しい名誉領事館が開館し、隈扶三郎氏が名誉領事として就任しました。名誉領事館はスウェーデン国民への支援を行うほか、一般的にはスウェーデンと日本の経済・文化的な関係促進を目的としています。

在福岡名誉領事館
  • Credit: Mmry0241, Fukuoka City Hakubutsukan, CC BY-SA 3.0
DIPLOMATIC & RELATIONS

2017ヴィクトリア皇太子の日本訪問

2017年4月、ヴィクトリア皇太子が日本を実務訪問されました。皇太子は持続可能な開発目標の国連アドボケートとして、持続可能性と海洋に関する課題に貢献しています。また日本の天皇皇后両陛下ならびに皇太子殿下にも接見しました。

ヴィクトリア皇太子の日本訪問
  • Credit: The Embassy of Sweden
DIPLOMATIC & RELATIONS

2017安倍総理のスウェーデン訪問

安倍総理と昭恵夫人が2017年7月にスウェーデンを訪問しました。安倍総理とスウェーデンのステファン・ロヴェーン首相は政治協議を行い、特に経済協力の強化、イノベーション、国連安全保障理事会(両国とも2017年の非常任理事国)、来年迎える外交関係樹立150周年について話し合いました。

安部総理のスウェーデン訪問
  • Credit: Sören Andersson / Regeringskansliet
DIPLOMATIC & RELATIONS

2018スウェーデン・日本150周年

スウェーデンと日本は2018年に、外交関係樹立150周年を迎えます。この記念すべき年を祝って、様々な楽しい活動やイベントが行われます。詳しくはこちらをご覧ください。

スウェーデン・日本150周年
  • Credit: The Embassy of Sweden
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